ゼロの愛人 第6話


ゼロの愛人。

男に対してそれは最初どうなんだろうと思いはしたが、あのゼロがあまりにも親しげに接する様子から、今では皆がそうだろうと思っていた。
同じくゼロの愛人と呼ばれている美しい少女がいるが、彼女に対してこのようなあからさまな態度を見せたことは一度もなく、順位をつけるなら同じ愛人でも女性であるC.C.よりも青年の方が上なのだろうと考えられていた。
麗しの青年は元々高根の花だったが、ゼロとの噂が立ったとこでさらに手の届かない所へ行ったのだと思い知り、その手料理を食べ、その姿をチラリと覗き見するだけで皆は満足するようになっていった。
この昼食は、視覚、味覚を満足させてくれるいわばオアシス的存在。
たとえどれほどの劣情を抱いても、手を出してはいけない相手でもある彼にそんな感情を向ければ、ゼロは彼がここに来ること禁止するだろう。そうなればこの手料理は食べれなくなり、この食堂で得ていた安らぎは永遠に失われてしまう。
・・・このオアシスを壊そうとすものは敵だ。
そんな思いから、団員の中ではある種の紳士同盟が組まれていた。
だからここに来る男女共に、ルルーシュを愛ではするが、自分のモノになどと考える輩は激減した。
女性の中には、腐った考えからゼロと青年のあれこれ(当然男x男)を、反対に男性の中にはC.C.と青年のあれこれ(イメージは女x女)を想像する者もいるが、どれも脳内妄想なので実害が出ることはなかった。
C.C.の悪ふざけと言う名の策略の結果なのだが、それを知るのはカレンだけだった。

ゼロの愛人。

ルルーシュにとって不本意極まりない言葉を最初に口にしたのはこの男だ。

「何だよ偉っそうによぉ。ゼロの愛人だからって、デカイ顔してんじゃねーぞコラ!!」

食堂のテーブルを力任せに叩きながら男はそう怒鳴りつけた。
テーブルの上に乗せられていたコップがその勢いに負けて倒れ、硬質な音とともに中の水をテーブルと床にぶちまけた。グラスはテーブルの上を転がり、硬質な音を立てて床に落ちた。
だが、男はそんな事気にもせず、大声で怒鳴り続ける。

「おいてめー!ブリキ野郎!聞いてんのか!」

口汚い罵りの言葉に周りの視線は厨房へ向くが、厨房からは鍋を振り何かを炒める音と、美味しそうな香りが漂ってくるだけだった。
普段はこれよりも小さな声の注文さえ全て聞き取っているのだから、間違いなくこの怒鳴り声は聞こえているため、完全に無視していることが誰の目にも明らかだった。
この食堂は黒の騎士団専用だ。だから屈強な男たちも食事に来ている。本来であればこんなゴロツキ、その男たちが排除してもいい所なのだが、相手が相手で手出しが出来なかった。
この男は黒の騎士団の幹部なのだ。
たとえこの男が無能で、ただ初期の頃からゼロと共にいるというだけの役職も持たせてもらえない名ばかりの幹部であったとしても、幹部には違いないのだ。

「玉城、いい加減にしろ!ほら、これでそこを拭け!」

苛立たしげに眉を寄せた千葉が、雑巾とモップを手にそのテーブルへやってきた。

「ああ?何で俺がやらなきゃなんねーンだよ。千葉は今、ここの店員だろ?俺は客だぞ?零れたもんぐらい店員が掃除するもんだろうが!」

玉城は偉そうに千葉に怒鳴りつけながら、テーブルを力いっぱい叩いた。

「は?何を言っている貴様!」

あくまでもここで働く女性は黒の騎士団の団員の女性で、手伝い料と称していくらかは貰っているが、はっきり言ってボランティアだ。ルルーシュも給料は貰っていない。
ここの売り上げは、そのまま蓬莱島の医療関係と子供たちの教育に回されている。それを知っているからこそ彼女たちは文句も言わず、交替でこの場を手伝ってくれるのだ。黒の騎士団の男たちは、力仕事、主に土方を同じ条件で手伝っている。なにせどこもかしこも人手不足なのだから、緊急時以外はそうやってこの蓬莱島を、日本を支えているのだ。それが出来ない者達は、この店の開店前にやってきて、下ごしらえや店内清掃、あるいは医療施設など手の足りない場所で手伝いをしている。
幹部と呼ばれて天狗になっている一部を除いて。

「いいから女はすっこんでろ!」

その一部である男は、なおも怒鳴りつける。
しかも、差別的な発言をして。
黒の騎士団はブリタニアからの差別を否定しているはずなのに、いつも平気な顔でこの男は差別する。こうして自分より立場の弱いものを見下し、偉そうな態度で威張り散らすのだ。

「なんだと!?貴様こそさっさと出ていけ!お前のような奴に食べさせる料理はない!!」
「はあ!?ふざけんなよ!?俺はお客様だぞ、お・客・様。わかってんのか?お客様は神様ですって言葉知ってんのかよ?あーしらねーか、元軍人様だからなぁ」
「貴様ぁっ!」

玉城の挑発に煽られた千葉は怒りを露わにし、1歩玉城との距離を詰めた。
それを確認し、千葉の加勢にと力自慢たちも席から立ち上がる。
同じ幹部の千葉が動くのだから、一般団員の彼らが加勢する理由ができたのだ。
殺伐とした空気が流れたそのとき、厨房からカンカンと鍋を叩く音が聞こえた。
場違いなその音に、食堂内はしんと静まり返った。

「千葉、7番と3番が終わった。運んでくれ」

厨房から、冷静な声が飛んでくる。

「・・・っ、わかった」

今この店内の空気で動けるのは千葉だけだった。
他の騎士団員の女性は、呆然と立ち尽くして使えない。千葉も名前を呼ばれ、振り返った時にそれを悟ったのだろう、あっさりと玉城に背を向けると、厨房へ向かった。
冷めた料理を出すと・・・怒られるのだ、この黒髪の青年に。
怒るその姿も眼福ではあるが、本気で怒らせると身震いするほど怖い。

「やっと出てきたのかよ。いいからさっさと俺の料理を作れよな!」

玉城は先ほどからしている主張を再び口にした。
昼時の人々がごった返している店内に入り、開口一番「俺の分は今すぐ用意しろ」と偉そうに言った言葉が思い出され、千葉は苛立たしげに玉城を睨みつけながら料理を運び、喧嘩を中断されたことで男たちも玉城を睨みつけながら席に戻っていた。その様子を、玉城は俺の勝ちだとでも言うようにニタニタと笑いながら見つめていた。
先ほどとは違い、今度は厨房から返事が返る。

「さっきも言ったが、先に1と9、11、4、8が入っている。同じ料理なら同時に作るが、そうでないなら順番だ」

そう言いながら靴音を鳴らし厨房から姿を現したのは、ここではクロと呼ばれているルルーシュだった。目を眇め、忌々しげに玉城を睨むその様子にもまた美しく、周りの者は見惚れてしまう。

「はぁ?俺はな、黒の騎士団の幹部、玉城信一郎様だぞ!ゼロの親友のなぁ!」
「だからなんだ?そのよく解らない地位のために、他の客を蔑ろにし、お前を優先にしろと?ふざけてるのか?」
「ふざけてんのはお前だろうが!色仕掛けでゼロに取り入りやがって!体で取りいったお前よりな、俺の方が上なんだよ!」

喚き散らす玉城に、ルルーシュは不愉快そうに眉を寄せた。

「・・・気のせいか?今、聞きたくもない様な事を言われた気がするんだが?大体、愛人って何なんだ。俺は男だし、ゼロも男だ。C.C.が愛人と言うのは百歩譲って理解してもいいが、男の俺を愛人などと、頭が腐っているとしか言えないな」

そもそもゼロ=ルルーシュだから愛人説など最初から妄想でしか無い。だがそんなことを言う訳にはいかない。それに、普通に考えれば男同士という発想自体は無いとは言わないが、少数派だろう。それなのに玉城はどうして断言するのかルルーシュには理解できなかった。
ゼロは同性愛者だと公言していないし、自分も男が好きだなんて口にしたことはない。そもそも以前からC.C.が愛人と言われている以上ゼロはヘテロだろうに。
この男の思考は理解できないと、ルルーシュは呆れたように玉城を見た。

「てめえ!この玉城様に向かって頭が腐ってるだと!?」
「正常なら、男の俺を捕まえてゼロの愛人など言わないだろう」

その言葉に、周りにいる面々は心の中で否定の声を上げた。
確かに男が男になど想像もしたくはない。考えてみろ、玉城と扇、あるいは南が。想像しただけで吐き気がする。だが、その相手が目の前の青年となると話が変わってくる。
男同士などあり得ないと考える者でさえ、アリだな、と思ってしまうのだ。
この青年は、それだけ特異な美貌を持っているのだ。
知らぬは本人ばかりなり。

「これ以上騒ぐようなら、お前はこの店に出入り禁止だ」
「はあ?なんでお前がそんなこと決めるんだよ!このブリキ野郎が!」
「そのブリキ野郎が任されている店だからだ。ゼロにも報告はするが、間もなく藤堂さんも来る時間だ。この件、話しをさせてもらう」

ルルーシュの決定に、料理を運び終えた千葉が頷いて同意を示した。

「いいか玉城。そもそも”お客様は神様です”と言う言葉は、こうした商売のための言葉では無い。日本の有名な歌手が、舞台に立った時には、その歌声を聴きに来た客を神に見立て、神に祈るようにその心の雑念を払い、心を無にし、神にささげるかのように歌う事で最高のパフォーマンスを引きだしている、と言う意味だ。決して客を神だと思って接客しろ、という意味では無い!」

商売人であれば、そういう気持ちで接しろという教育はありかもしれないが、そんなことを口にする客は、無知で非常識なクレーマーだけだ。

「はあ?なんだそりゃ!?」
「言葉の意味も知らずに、勝手な解釈で使うなと言っている。そもそも、お前の解釈通りに客を神と思って接しろと言うならば、お前は貧乏神か疫病神の類だ。そんな神は迷惑千万。問答無用で追い払って当然だろう」
「俺を貧乏神や疫病神だってーのか?てめえ・・・もう許さねえ!!」

玉城は立ち上がりテーブルを蹴り倒すと、ルルーシュに殴りかかった。
ルルーシュは体力はないが、反射神経と逃げ足だけはいい。
殴りかかってきた拳をあっさりかわすと、その先に待ち構えていたのは千葉。殴りかかった勢いは止まること無く、玉城の拳は千葉に向かったが、難なく千葉は玉城の拳を受けると、ぎろりと睨みつけた。
周りの屈強な男性陣も立ち上り、千葉の傍へと歩み寄った。
偉そうな態度のガキと女に対して怒った団員が自分の援護をするのだと勘違いをした玉城は、ますます口元を歪めて笑い、千葉を見下すような視線を向けた。自分一人で元軍人を相手にするのは厳しいが、これだけ加勢してくれるなら勝ちは確実だ。
やはり自分の言う事は正しいのだと、自信に満ちた表情で口を開いた。

「女だからって、引き下がると思ってんのか?あぁ!?」

玉城が千葉に殴りかかろうとした時、食堂の扉が音を立てて開いた。
そこにいたのは、千葉の待ち人、藤堂だった。

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